パン屋さんで仕事をする
カテゴリ : 喘息について
高校を卒業してから、ちょっとしてから、パン屋に働くようになりました。
もうこの時には、自分が喘息が出るなんて、少しも思っていない時期です。
あんなに、小さい時、喘息でしんどかったのに、時間が経つと、しんどいことは、忘れるんやなーとおもいました。
だから、小さい時から、やりたかった食べ物の仕事をすることにしました。
毎日のように、小麦粉を触りパンを作っていました。
本当にパンを作るのは、面白くって、パン屋に行くのが好きでした。
将来は、独立してパン屋をやろうと思うようになりました。
でも、3年ぐらい経つとだんだん小麦粉を触っていると、鼻が詰まるようになり、よく鼻水がでるようになりました。
それから、少しすると、日に日にちょっとづつ体調が悪くなりました。
そこから、ある日、微かにゼエゼエというようになりました。
だんだん、きつくゼエゼエと言うようになり、病院に行って、血液検査をしました。
結果は、小麦粉のアレルギーだっと言うことでした。
その時の、検査結果は、小麦粉以外、ホコリ、動物、といろいろとダメと検査結果に驚いた。
それから、マスクをして作ったのですが、それでも、小麦の粉を少し入ると喘息が、でるようになりました。
それから、少しして、パン屋を、辞めましたが、諦めきれなくて、なんとか小麦アレルギーが治らないかなーと考えはじめました。
小児喘息が治る
カテゴリ : 喘息について
小学校ぐらいから、母が、喘息にいいと聞いて、サン・クロレラを、買ってきました。
一日に60粒を、飲まなければならなかったが、頑張って、何回かに分けた飲んでいました。
だんだん、一回で、30粒飲めるようになり、飲むのに時間がかからなくなりました。
これを、一年ぐらい飲んでいると、だんだん喘息が、出る回数が、減ってきて、知らないうちに、喘息がでなくなりました。
まー小児喘息なので、いつか治るものなのですが、本当にしんどかったので、親も早く治らないかなーと
思っていろいろと探したのだろう。
でも、中学校では、喘息がでなくなったので、スポーツやるのが楽になりました。
クロレラが、なにわともあれ、きっかけになったので、良かったと思っています。
高校の時には、まったく喘息のことも忘れて、テニスのクラブに没頭できました。
喘息が、でないと、長距離を走ってもゼエゼエいわないので、安心して走れました。
喘息がでると、器官が細くなるので、頑張っても長いこと走ることが、できないです。
喘息が出ないのが、一番気楽です。
でも、20歳を超えてから、また、喘息がでてくる・・・
僕自身の小児喘息について
カテゴリ : 喘息について
僕自身が、喘息をもっています。
いつからと言うと、3歳ぐらいからの小児喘息でした。
小さいころが、よく喘息にかかっていて、しんどかった記憶があります。
小さい時の、しんどかった記憶は、だんだん薄れるものです。
でも、結構長い期間、喘息をもっていました。
小学校から、中学校に行くぐらいまで、続いていました。
小さい時は、いろいろな病院にいったりと、大変だったみたいです。
喘息にかかりにくいようにと、病院で週に2回ぐらい注射を打ちに行っていました。
それでも、喘息がでていました。
酢を飲んだりといろいろしました。
寒風摩擦もたわしでしたりと、いろいろとしました。
小さい時は、あんまし走るの好きでは、なかったが、ランニングをしたりもしました。
でも、治らなかった。
小学校の時は、いろいろしました。
小学校から、中学校ぐらいの時に、治り始まりました。
どうしてか・・・